富山県陸上競技場
芝生のオーバーシーディングについて(1)
オールシーズングリーン化導入経過
平成7年9月
記事の転載、ご意見・ご質問など
・暖地型芝草
コウライシバやノシバのように、夏は青々としているが冬は枯れて(休眠期)茶色になる種類のシバ。
ほとんどが、地下茎や地上茎で繁殖し、夏の高温は35℃程度までは耐えられると言われている。
ティフトン等のバーミューダグラスもこの種類。いわゆる「夏芝」。
・寒地型芝草
いわゆる「洋芝」と呼ばれる種類の中で、ベントグラス、ブル−グラス、ライグラス等のように北米や欧州の自生地では、多くが一年中、緑色のまま成育しているもの。適温は20〜25℃で、30℃を超えると衰退しやすい。株で育つものが多く、「冬芝」等と呼ばれることもある。
・ウインターオーバーシーディング
「冬に向けて、(芝生の)上に種を蒔く」の意味で、暖地型芝草の上に寒地型芝草の種を蒔き、一年中、緑色を保つ管理手法。単に「オーバーシーディング」と言う場合が多い。
・トランジション
オーバーシーディングにおける重要な作業の一つで、冬の間成育させていた寒地型芝草から、夏に向けてベースの暖地型芝草へ切り替えること。
・エンドファイト
“endo”(内部)と“phyte”(植物)との合成語。「植物内生菌」とも呼ばれ、植物体内でその植物と共生する菌類のことを指す。
その菌類が発っする物質によって、共生する植物が害虫を寄せ付けなくなるなどの効果が期待されているものがある。
・ターフ
・温量指数
◆T.経緯と実施計画◆
平成5年から始まった日本プロサッカーリーグ、すなわちJリーグの人気により、県としても、これを富山に誘致しようと働きかけ、平成6年6月15日、横浜フリューゲルス主催による県内初のJリーグ公式戦が実現した。 |
しかし、Jリーグの開催期間は、前期が3〜7月、後期が8〜11月であり、県内の芝生(コウライシバ)が緑色の時期ばかりとは言い難い。 |
Jリーグでは、競技場の芝生は常緑であることをうたっているため、オーバーシーディングによるオールシーズングリーン化が必要となってきた。平成6年9月、県では、これを必要な措置として予算化した。 |
実施にあたって検討した要件は次のとおり。
1 |
近々に開催予定の平成6年11月19日、Jリーグ公式戦までのターフ形成 |
2 |
翌年度の暖地型芝草の単独育成 |
3 |
積雪期間の寒地型芝草のダメージは春季の追い蒔きで対応 |
4 |
管理形態は従来どおり委託 |
そして、オーバーシードする種子の選択については、発芽率や踏圧性、耐病性等を考慮し、雑草管理の面や害虫対策として有効な高エンドファイト活性品種を選び、「APM」という品種名のペレニアルライグラスを選択した。
◆U.管理の流れ◆
この1年間、概ね前項の実施計画のとおり進めてきたが、ポイントとなる状況判断や作業にあたっての留意点等は次のとおりである。
翌年のトランジションを意識して、暖地型芝草(ベースのコウライシバ)のダメージを最小限にすることに配慮した。これは、播種に先立つサッチング作業の一環として行ったバーチカルモアでの切り込み深さを最小限とすることで対応した。 |
また、そのことで、9月上旬に散布したリン酸系肥料のコウライシバへの吸肥効率を高め、コウライシバの越冬養分の蓄積を高める効果も狙った。 |
種子は予定どおりAPMを使用。 |
播種作業(種子の積込)
播種作業(ドロップシーダーをトラクターで牽引)
散布機は、バイブロエアレーターにドロップシーダーを搭載したもので、上部のシーダーから落下する種子を下部のコアリング部が地表に開けてゆく穴に落とし、発芽率を高めるタイプ。 |
種子には予め、粘土を造粒したうえで焼成したセラミック多孔質の保湿剤(ポ−ラストン)を混合し、作業の緻密性を高めた。 |
播種作業は、30g/uを縦横にそれぞれ1回ずつの2行程で行い、散布ムラの軽減を図った。この際、予めコート周囲にシーダーの作業有効幅でのマーキングを設置し、走行にあたってはこの目印に張ったロープに沿って慎重に運転した。 |
オーバーシーディングでは、播種後は発芽までの間に種子が乾かない程度に毎日の散水が必要で、発芽後も1〜2週間は散水が必要とされている。 |
競技場に設置の6台のスプリンクラ−の他に3連の据置き型スプリンクラーを4組用意し、4ケ所の50mm散水栓から1組ずつ設置し、午前中に毎日散布した。 |
9月27日に播種し、翌28日に約10mm程度の降雨があり、その後は比較的曇天の日が多く推移したため、発芽及び発芽後の幼植物の成育は順調であった。 |
発芽確認は6日後の10月3日であった。 |
10月4日(発芽直後) 10月16日
10月24日 10月30日
幼植物の保護管理として、根の伸長促進を図るための活力剤(海藻コロイド)と、主にピシウム菌への作用薬剤、ヒドロキシイソキサザール・メタラキシルを散布した。このヒドロキシイソキサザール剤は、農業場面において富山県農林水産部の「農作物病害虫・雑草防除指針」に、水稲の成長調整剤として初期の根の成長促進及び苗立ちの安定についても効果があることがうたわれている。 |
発芽後約2週間目に、ウレアホルムを主原料とした緩効性肥料を散布した。 |
10月中旬になると、第1回目の播種作業でのライン状の蒔きムラが目立つようになってきた。 |
また、10月8日に開催されたイベント(スーパーキックベースボール)でのベース間の走り抜けによるもの、並びに外野に設置したフェンスに沿って円周状に発生した観客による踏圧被害が目立った。 |
外野フェンスに沿っての踏圧被害 第1回目の散布ムラを補正しているところ
前者は、種子の絶対量が不足しているためであるため、正確に補正(追い蒔き)を実施した。 |
しかし、後者は発芽後の成育状況が踏圧被害以外は順調であり、植物体自体が根から全体的に弱っていることではないため、被害程度が著しい一部を除いては特に補正作業は行わないことで様子をみることとした。 |
踏圧被害については、10月下旬にはほとんど判らないくらいに回復した。 |
2月に入り、降ったり止んだりの降雪状況の中、芝生面は暗緑色を呈していたが、最高気温が10℃を超えはじめた3月初旬から芝草全体に明るさが戻ってきた。 |
トランジションを意識してコウライシバの立上りを早めるため、IB態窒素を含む高度化成で、この時期、シーズン最初の施肥を行った。 |
また、3月25日にはサッカーも予定されていたため、約10日前にはショ糖脂肪酸エステル配合の葉面散布肥料をやり、早春期の成長促進も図ることとした。 |
融雪直後の状況(平成7年2月24日)
液肥散布後の状況(平成7年3月20日)
低温時に受ける凍害や積雪によるダメージ等もあることから、融雪後でトランジションまでの期間の寒地型芝草(ライグラス)の状態を補正することを想定し、この時期にも種子量は少ないが追い蒔き(シーディング)を考えていた。 |
しかし、状態は予測したほどには悪くなく、また、かえってここでライグラスの勢力を増す方向はトランジションに影響すると判断し、追い蒔きは行わなかった。 |
まず、5月20日から、刈り高を20mmに低め、週に約1回の頻度で低刈りを実施した。 |
5月下旬に一時期、高温で推移したが散水は行わなかった。 |
期間中、肥培管理は最低限とし、トランジション以降のコウライシバへの施肥として6月21日に葉面散布剤を施用するのみに留めた。 |
6月28日のJリ−グ公式戦を待って翌29日にサッチングを、30日に、フラザスルフロンとアシュラムを散布した。 |
薬剤の効果は7月10日頃からゆっくりと現れ、20日頃にほぼ完成した。 |
ライグラスはほとんど枯れたため、前後してサッチングを行いサッチを除去した。 |
本来であれば少し前からエアレ−ションを行うべきところであったが、天候と機械の手配等の都合で適期には実施できなかった。 |
7月5〜16日までの間は湿度も非常に高かった影響で、枯れ落ちた芝生の葉が腐敗し、7月20〜30日の間は異臭がした。 |
5月下旬の一時期、平年を大幅に上回る高温の期間(19〜30日)があった。 |
しかし、それ以降6月から7月下旬までは低温・多雨で推移しライグラスにとっては、枯れていくよりはむしろ居心地のよい状況が続いた。この期間、図らずも20〜25℃という寒地型芝草の最適成育温度に一致してしまった。 |
7月22日を境に8月下旬まで真夏日が連続したが、今年は、それ以前には真夏日は1日もなかった。 |
この低温・多雨の期間、芝生を細かく観察すると、やはりライグラスばかりが旺盛で、コウライシバの葉は少ししか見当らなかった。 |
途中、コウライシバの単独育成区である補助競技場とオーバーシーディングしてあるメインのインフィ−ルドから、ゴルフ場のグリーン用コア抜き器で1ケ所ずつサンプルを取りだし、それぞれを比較してみた。 |
取りだしたサンプルを、高さ約5cmでカッターナイフで切断し、水道水で根の間の泥を洗いだしてみたところ、オーバーシーディングのものはライグラスの細い根が無数にあるのに対し、コウライシバの根は補助競技場のそれに比較して、太さも密度も 大幅に不足していることが観察された。 |
陸上競技場と補助競技場の根の状態の比較(平成7年6月) |
《 陸上競技場 : オーバーシーディング施工区》
→ライグラスの細かい根は多いが、コウライシバの太い根は少ない
《 補助競技場 : オーバーシーディングなし》
→コウライシバの太い根が多い
トランジション期間中のターフの状況
→コウライシバには安全でライグラスに作用する除草剤を散布した経過
(散布直後)
6月30日
7月6日
(ライグラスはほとんど衰退)
7月10日 7月19日
ライグラスを除去したあと、芽数が極端に減って一部裸地化した状況を何とか立ち上げるため、耕種的にはエアレ−ションと散水を行い、肥培管理面からはキレート鉄の補給をはじめ各種の栄養剤を散布した。 |
しかし、メインスタンド側の中央部は、一番目立つところにも拘らず満足な立上りは見られなかった。 |
8月下旬となって、その他の部分については満足のゆく程度ではないが、7月下旬に比較すれば、まあまあといったレベルまでは回復させることができた。 |
今にしてみれば、「ひどい状態」だったと思う(1999/02/02)
平成7年4月施工分は冬季に発生したサッチの除去目的、6月はトランジションの一環としてコウライシバの根元になるべく日光を当てる目的、以降の2回はトランジションで発生したライグラスのサッチを除去する目的で行った。 |
トラクター牽引のパワーサッチャーでサッチを浮き上がらせたうえ、バキュームスイーパー並びにロータリーモア付きスイーパーで除去した。 |
平成7年4月と8月、トラクター牽引のバイブロエアレーターでコアリングし、後日、切れて起き上がった組織を人力で除去した。 |
これには、固結した土壌をほぐし酸素を補給する効果と、地下部(コウライシバの根と地下茎)を切断しそこからの発根作用を高める効果もある。 |
バケットを設置した乗用型の3連リールモアを使用した。 |
刈りカスは1行程毎に収集し、作業終了後にはバキュームスイーパーでカスを除去した。 |
刈高は、通常時は23〜25mmとしていたが、平成7年5月20日には、主催者の意向で30mm程度となるよう調整した。 |
平成7年5月25日から7月までの間は、トランジションの一環で20mm程度とした。 |
平成7年2月下旬、所々に直径50cm程度の円形の黒ずんだ病斑が見られた。 |
潟Tカエグリーンで同定したところ、リゾクトニア菌とゴマノマイシス菌が確認された(病名不詳)。 |
その後、病斑は規模的に大きくなったり数が増えたりはしなかったが、3月初旬に殺菌剤を散布した。被害の拡大は認められなかった。 |
平成7年5月中旬、所々に直径30〜50cm程度の円形の葉枯れした部分が出現した。 |
芝生の成長が旺盛であったため、しばらく様子をみることとしたが、2〜3週間で自然に消え、増大する傾向もみられなかった。 |
30センチ大の病斑(5月20日)
平成7年6月下旬、湿度が上がってきたためか、早朝、ピシウム菌の菌子が葉に付いているところがいたるところに認められるようになってきた。 |
ピシウム菌の菌子(午前8時頃になって気温が上がると消える)
同じ時期、コートの縁で、ゴマ粒大の白い球形のものが葉の上に付いているのが確認され、周辺には直径5mm程度の子実体(キノコ)が多く発生していた。 |
県立大学及び日栄商事鰍ナ同定したところ、両者ともホワイトブライトによるフェアリーリングであるとのことであった。 |
7月初旬に、担子菌類に有効な殺菌剤を散布した。その後しばらくは発生がみられたが、7月下旬から高温期に入り、現在は認められない。 |
葉の上に現れたホワイトブライトの子実体 翌日、成長した子実体
7月下旬、高温期に入ってコガネムシ類が羽化しはじめ、飛翔するのが確認された。また、夕方にはスジキリヨトウも僅かに確認された。 |
これらについては、成虫の発生が出揃うのを待って8月中旬に土壌に殺虫剤を散布した。 |
平成5年12月、平成6年4月と2度にわたって発生した大規模なフェアリーリング及びラージパッチは、今回は発生しなかったと観察される。 |
記事の転載、ご意見・ご質問など