14.雑草の発生状況
オーバーシーディング後は、雑草の発生はほとんどなかった。
5月初旬、僅かにスズメノカタビラが発生していた。しかし、これらは人力で片付く程度であったため、出穂前に除去した。
 
  






◆V.評価◆
 
1.運営管理面での評価
 (1)ターフコンディション
 
オーバーシーディングによりJリーグ公式戦をはじめとする大型のイベントの受け入れが可能となったことはもちろんであるが、サッカー選手が試合中に受けるコートの感触としての評価も一様に高く、横浜フリューゲルス、ジェフ市原といったJリーグの選手達や、キリンカップでのエクアドル、スコットランドの外国選手達からも 「すばらしい」という評価を受けた。
  

 (2)シーズンオフの練習利用
 
初めてのトランジション以降の期間を除けば、概ね良好なコンディションを提供できた。
特に3〜4月頃は、石川県等の県外からの利用者も多く、インフィールドでのアップでも、この時期にコート全面を自由に利用できるメリットが発揮されたと考えられる。
  

 (3)維持管理に対する関心
 
グランドコンディションに対する評価の他に、維持管理に対する問い合わせが頻繁にあり、できるだけ具体的に説明したことで、利用者がメンテのことを考慮した使用方法を意識するようになった。
このため、比較的芝生ダメージの激しいミニハードルの利用方法等についても、管理事務所側の意向がスムースに理解され、適正な利用管理が図られるようになった。
   


2.維持管理面での評価
 (1)ターフコンディションの向上
 
 
芝密度 ライグラスが100〜150株/10cm×10cm程度密生しており芝密度は申し分ない状態だった。
固さ ターフは適度に厚みがあり、踏み込みの固さはオーバーシーディング以前に比べて軟らかくなった。
色彩的には緑度が増し、視覚的に濃密な印象を与えた。
復元力 利用による葉の倒れ、擦り切れの回復が早くなった。
数値評価 平成6年10月19日と平成7年3月23日にサッカーボールを使った、ターフのプレイクオリティを測定した。数値としては、ボールの転がり及び弾みについて3月の方が約3割程度上がっているが、これは、選手等からこのグランドに求められるプレイクオリティのアンケートがなされていないため評価は不明である。
  

10月初旬の各グランドの芝生比較


陸上競技場インフィールド

補助競技場インフィールド

芝生スポーツ広場



 (2)ディポットの補修
 
陸上競技の投てきやサッカーの切れ込み等でできるディポットの補修は、オーバーシーディング以前に比べると格段に優れたものになった。
以前は、穴の空いた部分に砂を埋め、穴の周囲のコウライシバが伸びてきて次第に穴の面積が小さくなるのを待つだけであった。
補修時期が5〜6月の場合はシーズン内に完成する確立は高いが、これ以外の時期では、回復するためには半年程度の期間が必要な場合もある。
種子を混入した砂で埋め戻す方法の場合、2〜3週間でほとんど周囲との違いが判らなくなり、面としては常に良好なコンディションを維持できるようになった。
しかし、オーバーシーディングと直接は関係ないが、芝生の中にある砲丸の落下域がこの補修作業により次第に地盤が持ち上がってきており、その不陸は肉眼でも確認できる程である。
  

砲丸投げの落下域にできたディポット(トランジション後の時期、平成7年8月21日撮影)

同じ場所でのオーバーシーディング期間中の状況(平成7年4月2日撮影)




(3)害虫、雑草の軽減
 
今回採用した種子(ペレニアルライグラスのAPMという品種)は、エンドファイト活性があり、害虫の寄り付きやスズメノカタビラ等の雑草類の発生を抑制すると言われている。
今回、この効果は特に雑草対策に極めて有効であり、土壌処理剤(発芽抑制の除草剤)は平成6年4月以来散布していないが、イネ科のものが僅かに発生した以外はほとんど発生していない。
   
   

(4)水はけの改善
 
オーバーシーディング以前は、排水不良に悩まされていた。
床構造としては暗渠排水が設置されているのだが、機能はかなり低下しており、降り止んでから表面水がハケるまで(歩いてみて「クチャクチャ」という水気を感じなくなるまで)概ね4〜5時間を有していた。

平成7年8月9日、サッカー試合の前の吸水作業(ライグラスがないため、排水機能は元通り)


しかし、寒地型芝草は一様に水分の吸収蒸散量(根から吸って葉から蒸発させる量)が多いため、土壌自体の排水機能以外の作用で、グランドの見かけの排水機能が大幅に改善された。
このことは、雨後に歩いてみた感触でも如実に伺うことができた。
また、これがひいては運営管理上も利用者の便に大きく寄与したといえる。


 (5)未経験の管理技術
 
播種、発芽、幼植物管理等のこれまでには全く経験のない各種の管理項目があり、経験不足は否めなかった。
これまでの通常の芝生管理では、それ程は注意を払わなくても済んでいた地温や降水量、気温の上昇具合等を把握しなければならない面がある。
更に、トランジションは成育条件の異なる2種類の植物をコントロールするもので、特に北陸地方ではトランジションに必要な初夏の温度上昇がゆるやかなため、どうしても衰退していくべき寒地型芝草が長く生き残ってしまう傾向にある。


(6)葉の軟らかさ
 
ターフ全体としての質的評価は悪くないと考えるが強いて言えば、ライグラスの葉の軟らかさが気になるところであった。
回復力が旺盛であったため、気になる程の被害はなかったが、反復的な踏圧によるスリ切れ等の損耗に対する抵抗性は思った程ではなかった。
 


 ミニハードルによる踏圧被害(ほどなく回復した)





◆W.問題点と評価◆
1.問題点
 (1)土壌条件
施工前に行った土壌分析においても、硬度では表層部50〜150oにおいいて「多くの根が進入困難」という評価を得ていた。
この1年間、いろいろなタイミングでコア抜きによる土壌のサンプリングを行ったが、コート内のどの位置においても表層50〜70mmの位置には不透水層が形成されていると考えられ、根がそこから下へはほとんど入っていない状態である。


コア抜きで掘りだした状態(約7センチより下には根が入っていないため崩れる)
(左:掘り取ったもの、右:水洗いしたもの)
 

(2)排水機能
 
暗渠排水の集水桝は8ケ所あるが中央寄りの4ケ所を観察すると、3ケ所については全く水が出てきておらず、南東部の1ケ所のみで僅かに流入が見られる程度である。(残りの4ケ所のうち、北側2ケ所は全く出てきていない。)
暗渠自体の目詰まりなのか、土質の問題なのかは不明であるが、メインスタンド側の中央部では水ハケが特に悪く、降り止んで3〜4時間でも表面に水が残っている状態である。


北西の桝(全く出ていない)        北東の桝(全く出ていない)


南西の桝(全く出ていない)        南東の桝(僅かに出ている)

(3)設備条件
 
既設のスプリンクラーが6台設置されているが、これだけでは全面をカバーできない。
 


2.課題
   
(1)トランジションを遅らせたことによる影響
 
オーバーシーディングを実施している多くの競技場では、トランジションは、気象条件、すなわち温度上昇に合わせて低刈りを行うことが一般的である。
温量指数のあまり高くない地方においては、低刈りだけでの寒地型芝草の除去が難しいため、早めに除草剤を使用するところもある。
今年は、競技場の運営的にTV中継を伴うサッカーが、5月24日及び6月28日に予定されていたため、本来であれば4月下旬からトランジション作業に入るべきところであったのだが、5月から低刈り等でのトランジション作業は行ってはゆくもの  の、6月28日を待って薬剤で一気にライグラスを枯らす、という方針をとることとした。
しかし、6〜7月のコウライシバが最も成長する期間に競合するライグラスを多く残したことが、決して順調な成育状態になかったコウライシバを更に衰退させ、トランジション後のコウライシバの立上りを大幅に遅らせる結果となった。
また、採用した「APM」の優れた耐暑性を軽視していたことも一因である。


平成7年8月末時点でのコウライシバの立上り状況

一般的に、オーバーシーディングにおける種子選択の条件としては、耐暑性は重要なファクターであるが、あまり気温の上がらない北陸地方の気象条件を考慮すれば、むしろ逆の面が出てしまった結果である。
 



(2)今後の管理手法
 
他の地域と比較した富山県の気象の特徴に、4〜5月のフェーン現象があげられる。
 これがこの時期の平均気温を押し上げており、オーバーシーディングにはプラス要因となっているが、その後の6〜7月の温度上昇が続かず、通年では温量指数も107と、オーバーシーディングに必要な気象条件として指標とされる110ぎりぎりの厳しい状況である。
温量指数が低い地域において、特にベース芝が伸長が遅いコウライシバの場合は、オーバーシーディングによって、次第にコウライシバが衰退していくことが言われている。
北陸のゴルフ場においては主にティーグランドでオーバーシーディングが施工されており、トランジションを行わない手法をとっているところが多い。
近年は耐暑性のある品種が開発されており、昨年や今年の猛暑でも絶えることなく成育している。
  

ゴルフ場に見られる状況 左上:アドベント(オーバシード) 右下:コウライ(ベース)


しかし、ティーグランドとは違い、陸上競技場のターフでは踏圧ストレスに対する強靱さが必要で、葉が比較的硬い暖地型芝草が全くなくなることは避けたい。
その後の調査で、神戸総合ユニバー記念陸上競技場(兵庫)や日進グランド(愛知、名古屋グランパスの練習場)では、もともとはコウライシバのベースでオーバーシーディングを始めたが、次第にコウライシバが減少してきたため、ベースをバーミューダグラスに切り替えていると聞いている。
   
本年は導入元年であり、スタート時点でも、まずはセオリーどおりの手法(トランジション、夏期の単一芝草育成)で始めが、土壌条件や気象条件等の影響もある程度判ってきた。
公営の競技場としては、草種によらず健全なターフを保持することが一番大切である。




(3)競技場の利用率
 
この1年間大型利用では、Jリーグ公式戦等が8回開催され、オーバーシーディングによるメリットとして所期の目標は達成できたと考えるが、陸上競技場自体の利用のされ方は、浦和、広島等の表日本の代表的競技場に比較すると決して多いとは言い難い。
投資効果を活かすためにも更に利用促進を図ることが大切だと考えられる。
   
  

(4) ノウハウの蓄積
 
オーバーシーディングについては、ここ数年、やっと文献が発行されるようになったばかりで、技術としてはまだまだ一般的ではない。
 
ここで、選手のケガ防止の観点から、より良いグランドコンデイションを求めることは、世界的な傾向である。
また、秋冬期や春期の芝生利用の需要も高まってきていることから、今後は、オーバーシーディングが次第に一般化し、通常の芝生管理メニューに組み入れられていくことであろう。
富山県陸上競技場におけるオーバーシーディングはようやく2年目をむかえようとしている段階である。
福祉公園は、植物の維持管理を発注する組織として管理技術についての指導的立場にあることから、今後は、財団内部での確かな技術蓄積が必要と考えられる。



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