ヤツデ(ウコギ科 ヤツデ属)
八つ手 Fatsia japonica

展示館前の広場に植栽されています。また逸出も見られます。葉は互生します。
本州(茨城県以南の太平洋側)、四国、九州、沖縄の海岸から丘陵の林内に分布します。

葉が8つ(7〜9つ)に裂けるので、ヤツデです。
よく庭先に植えられており、冬の間も青々とした葉が雪国では大事にされています。

花は11月〜12月。球形の散形花序を円錐状につけます。
果実は春から初夏に熟し、その感じはウコギ科特有のものです。

このヤツデの花については、いろいろと観察したり、他の人の観察結果もお聞きし、じっくり考えて、ゆっくり仮説を楽しませてもらいました。
独り占めにするのも申し訳ないので、ここにお知らせします。

1 まず第1に、一つずつの花における咲き方は雄性先熟で、おしべが熟し、枯れ落ちてから雌しべが熟します。一つの丸いポンポンの花序内では、雄しべと雌しべの双方が熟している状態はほとんど無いようです。

2 第2に、花の咲く順序は、一つずつの丸い花序(一つずつのポンポンのような花序)では下から上への無限花序に咲き上がりますが、花序全体としては上から下への有限花序になっているということです。

3 第3に、ポリネーター(訪花昆虫)はハエ・アブの仲間のようです。

4 第4は、これは図鑑や他の人から聞いて分かったことですが、花序の一番下の花序の側枝(要するに最後に花が咲く花序)の花では「雄しべのあと雌しべの時期がない」、つまり雄花であるということです。(このねいの里のヤツデの雄花については、時間的な経過観察を行っていないためはっきり分かりませんでした。)

5 ねいの里のヤツデは、近くに仲間が存在しない(近くに植栽されていない)にも関わらず、実付きが非常に良いこと。

の5点を確認いたしました。

さて、これらのことから、どんなことを考えていたかと申しますと、
ヤツデは雌雄異熟というシステムを持っていることと、自家受粉を大いに行っているということの意味、さらにはヤツデの花の咲き方やハエをポリネーターとすることとの関係はいかに・・ということです。
そして最後に、4のように最後に咲く花序は雄花であることの理由について考えていたのです。

まず、雌雄異熟というのは自花受粉を回避するシステムであることには異論はないと思います。しかもヤツデの花の咲き方として小さいポンポンの花序では雌雄の時期が重なることがほとんど無いようであり、ポンポンのような丸い花序内では自家受粉を回避するシステムともなっているのです。では、このようなシステムを有しているものは、他家受粉のみをを行い自家受粉を行わないのかというと、決してそうではなく、個体の近くに別個体があまり無い植物であったり、開花の同調性があまり無い植物である場合には、他家受粉は確率がかなり低くなるため、むしろ自家受粉の可能性にかけていると考えられます。(これは、ホオノキにおいて確認されています。ホオノキは雌性先熟で甲虫類がポリネーターですけど)。そして、たまたま近くに仲間がいない場合には、自家受粉は自己の遺伝子を残す保険としても大変有効と言えると考えられます。
この考え方は私にとって新鮮でした。自花受粉を回避するシステムを持つものは、きっと他家受粉をどんどん行っているのであって、自家受粉なんて行わないのだろうと単純に思っていたのです。(ホオノキのこの問題に関する論文のことはきれいに忘れていました。。。)

さて、ここで花序全体としては上から下に「花が咲き下がる」ということに注目してみます。
まずはじめに、花序によって時間差で花が咲くことにより、ヤツデの場合は、上の方では雌性期の花が、下の方では雄性期の花が、同時に存在し、それだけでも自家受粉の道をちゃんと残しているということになります。
さらにここで、訪花昆虫がハエであることに注目してみます。ハエの花での動き方(動く方向)は、私がタカネトウウチソウとユキクラトウウチソウにおける訪花昆虫とその動きを調べた結果としては、ハエやハナバチは花序の上に向かって動いていく傾向(あくまで傾向です)があるのです。そうすると、ヤツデの花の咲き方では、下のポンポンの花序が雄しべの時期に上のポンポンの花序に向かってハエが移動するとそこの花は雌しべの時期であり、先ほどの雄しべの花粉によって受粉することになり、自家受粉の可能性を一層高めていると言えます。もちろん、他家の花粉をもらってきてから雌しべの時期の花に向かえば他家受粉するわけですが、近くに花が咲いている別のヤツデがない場合には、これはあまり期待できません。
したがってヤツデは、雄性先熟と有限花序(全体としての花序は上から下に向かって咲いていること)の組み合わせ、さらには訪花昆虫であるハエの「動く方向の傾向」ともあいまって、自家受粉を促進するシステムを備えていると考えられるのです。(ただし、花序が繋がっていない場合にも、ハエが上の方向に動く傾向があるのかは調べた事がありませんが、上に向かって移動してきたハエが、そこで花がなくなると少しだけ上に向かって飛ぶというのはうなずけてしまうのです。)

また、4の「花序の一番下の花序の側枝(要するに最後に花が咲く花序)は雄花である」ということは、ヤツデの自家受粉を促進するシステムを完成するための最後の仕掛けと思うのです。つまり、先に雌しべになった上の花に花粉を提供するためにも雄しべは有用ですが、最後の花である自花が雌しべのころにはもう花粉の供給が無い状態ですので雌しべは無駄になります。そして、こういうことを幾世代も幾世代も重ねているうちに最後の花では雌しべの時期がなくなったのでしょう。別個体の花の咲く時期は同調したとしても普通微妙にずれるでしょうから、他家受粉のためならば、このようなことが一つ一つの個体に必要になることはないと思うのです。(最後に咲く個体だけで良いと思います。)

このように、ヤツデは局所的には自花受粉及び自家受粉を回避するすることにより他家受粉の機会に賭ける戦略を採用しているとともに、花序全体では自家受粉を促進するシステムによって自己の遺伝子を残す保険戦略をも採用している植物ではないかと考えるに至りました。

以上、仮説の積み重ねですが、いろいろ想像したり、推論したりするのも楽しいものです。



2004年4月29日 葉と果実の様子。さらに黒褐色に熟します。



2005年12月31日 一番上の散形花序 全て雌性期です。花柱は良く見ると5個のようです。





2005年12月31日 下の方の花序 下から咲いて上へ咲き上がります。





2005年12月31日 両性花の様子。始めは雄性期です。