富山県陸上競技場
芝生のオーバーシーディングについて(2)
オールシーズングリーン化2〜3年後の経過報告
平成9年3月
これは、富山県建設技術協会50周年記念号(平成9年3月)に掲載した、富山県総合運動公園での芝生オールシーズングリーン化の経過報告をHP用に再編集したものです。
記事の転載、ご意見・ご質問など
2000年国体の主会場となる富山県総合運動公園は、富山市南中田地内に平成5年10月、23haが供用開始された。公園内にある富山県陸上競技場では平成6年9月から芝生のオールシーズングリーン化が導入され、現在(平成9年)は導入3年目という段階である。
図1 富山県総合運動公園の位置
日本の公園で普通にみられる芝生は、冬は休眠期に入り、枯れたように茶色に変色する。コウライシバ、ノシバ、バーミューダグラス等はこういった種類の芝生で、これらを暖地型芝草と呼んでいる。ゴルフ場のグリーンには冬でも緑色の芝生が残っている。これらはベントグラス、ライグラス、ブルーグラス等が多く、いわゆる洋芝と呼ぶ寒地型芝草に分類される。
ウインターオーバーシーディングとは、「冬に向けて、上に種を蒔く」といった意味で、暖地型芝草の上に寒地型芝草の種を蒔き、冬期間も芝生を使用できるようにしようという管理手法である。この間は休眠中の暖地型と緑色の寒地型が共存している。単にオーバーシーディングと呼ぶ場合が多い。
芝生を緑にしておくだけであれば、秋に蒔いた寒地型芝草を一年中残しておいてもよい。しかし、過激なスポーツを行うグランドにおいては、気温の上昇する翌年の5〜6月頃、暑さに弱い寒地型芝草を枯らせて、葉の固いベースの暖地型芝草だけの芝生面を復活させなければならない。これはトランジションと呼ばれ、オーバーシーディングの重要な作業の一つである。
平成6年6月15日、横浜フリューゲルス主催による県内初のJリーグ公式戦が富山県陸上競技場で実現した。Jリーグでは、競技場の芝生が常緑であることを求めていることから、その後の継続的な開催に向けてオーバーシーディングによるオールシーズングリーン化が必要となってきた。
しかし、オーバーシーディングにはこうした社会的な要求側面とは別に、本来はグランドコンディションを整えることで選手の怪我を防止し、ひいては冬期間の施設利用促進につなげるという重要な目的がある。
図2 富山県におけるオーバーシーディングの作業時期と芝草の生育
初めての実施にあたって、ポイントは近々に開催予定のJリーグ公式戦(平成6年11月19日)までの素早いターフ形成と扱いやすい寒地型芝草の選択であった。
・種子については、発芽率や耐踏圧性、耐病性を考慮して、「APM」という品種名のペレニアルライグラスを選択した。
・平成6年9月27日、30g/uを縦横2行程で播種し散布ムラの軽減を図った。
・その後は毎日散水し、比較的曇天の日が多く続いたため、発芽及び発芽後の生育は順調であった。発芽確認は播種後6日目の10月3日であった。
写真2 発芽したペレニアルライグラスの幼芽(平成6年10月4日撮影)
・トランジションでは平成7年5月中旬から芝刈り高を低め、6月28日のJリ−グ公式戦を待って翌29日から本格的作業を行った。
・Jリーグ日程という社会的条件もあったが、トランジションはタイミングがやや遅かったと考えられる。その間に、寒地型芝草と競合することでベースのコウライシバが一部で衰退し、部分的に裸地が生ずる状況となった。状態が回復するには、ほぼ一ヶ月間を要した。
競技場では、3年後に国体という晴れ舞台を控えている。この競技場が中心的に使用されるのは秋季国体(10月中旬)である。このタイミングは、オーソドックスな形でのオーバーシーディングのスケジュールでは、播種後の養生期にあたる。大会並びに大会直前の集中利用と、芝生養生は正面からバッティングする。このことから、上述の第1回目播種後の状況を回復させることはもちろん、国体時にベストのターフコンディションを提供するための長期的なプログラムを睨んでおく必要がある。
現在進行中の、このプログラムの詳細は、追って、芝生のオーバーシーディング(3)として詳述する予定である。
総合運動公園の建設工事では、芝生は全てコウライシバで植栽された。気象条件の指標として、オーバーシーディングに必要な温量指数の目安は110とされる。富山県のそれは107と、ぎりぎりの厳しい状況である。コウライシバをベースにオーバーシーディングを行った場合、温量指数が低い地域においては寒地型との競合でベースが衰退しやすく、手法的にもかなり難しいと言われている。
競技場の建設段階ではオ−バ−シ−ディングの概念はなかったため、通年で単一の暖地型芝草を管理するという立場にたって検討された。コウライシバの導入は、ほふく茎の伸長速度が遅いという問題はあるものの、4月下旬から立ち上がることで利用期間の延長を図ることができるという北陸地方ではベストの選択であった。
表1 富山県における暖地型芝草の管理比較
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コウライシバ
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バーミューダグラス
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立ち上がり時期
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4〜5月
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6〜7月
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生産量(成長量)
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少ない
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多い(特に高温下で)
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広がり速度
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遅い
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早い
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耐踏圧性
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◎
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◎
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耐病性
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◎
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◎
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扱いやすさ
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◎
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○
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しかしここへきて、オ−バ−シ−ディングを念頭にその後の管理を考えてみると、バ−ミュ−ダグラスはコウライシバに比較して1〜2ケ月ほど立ち上がりが遅いものの、その間に寒地型芝草を残しても利用面でのクオリティを維持可能なことから、コウライシバのメリットを考えてもベ−ス芝をバーミューダグラスに切り替えることが有効と考えられた。
上記を踏まえ今後の要件は、次の2点による確実なトランジションと、富山の気象条件に応じた施工並びに管理方法の研究と考えられる。
@暖地型と競合しにくい種子の検討
Aベース芝の緩やかな草種転換
表2 富山県における寒地型芝草の管理比較
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ペレニアルライグラス
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ラフブルーグラス
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発芽日数
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早い
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遅い
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耐踏圧性
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○
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○
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耐病性
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○
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○
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耐暑性
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○
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◎
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暖地型との競合
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強
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弱
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備考
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状態は申し分ないが切り替えが難しい
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多少弱いが切り替えがし易い
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・2度目のオーバーシーディングは、平成7年9月19日、暖地型芝草との競合が少ないとされるラフブルーグラス(35g/
u)で播種した。
・平成8年6月中旬、コウライシバ面上にバイブロエアレーターで削孔し、暖地型のバーミューダグラス「ティフトン419」を差し植えしてゆき、砂で保護した。
写真3 バーミューダグラスの差し植え
・同7〜8月、昨年夏に一部が裸地化して薄くなっていた部分を中心に、バーミューダグラスが順調に生育し、ベース芝のカバーアップは概ね達成された。
・3度目のオーバーシーディングは、平成8年9月27日、前回と同様ラフブルーグラスを播種した。
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通常管理期
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O.S.元年
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O.S.2年目
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O.S.3年目
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〜H6.9月
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H6.9〜H7.8
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H7.9〜H8.8
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H8.9〜H9.8
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コウライシバ単独
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O.S.開始
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種子変更
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ベースの草種転換
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ベース芝
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コウライシバ100%
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コウライシバ100%
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コウライシバ100%
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コウライシバ 約50%
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バーミューダ 約50%
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オーバーシード種子
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ペレニアルライグラス
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ラフブルーグラス
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ラフブルーグラス
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主な作業 芝刈り
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6〜12回
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24回
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21回
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21回
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主な作業 施肥
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3回
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5回
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8回
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12回
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表3 富山県陸上競技場におけるオーバーシーディング導入経過の概要
サッカー選手の評価は一様に高く、横浜フリューゲルス、ジェフ市原といったJリーグの選手達や、キリンカップで来園したエクアドル、スコットランドの外国選手達からも「すばらしい」という評価を受けた。
初めてのトランジション後の一時期を除けば、概ね良好なコンディションを提供できた。特に、春季の合宿利用等では大勢の選手達にやわらかな芝生上でトレーニングする機会を与えることができている。
陸上競技の投てきやサッカーの切れ込み等でできるディポット(芝生の傷)の補修は、以前に比べると格段に優れたものになった。種子を混入した砂で埋め戻す方法の場合、2〜3週間でほとんど周囲との違いが判らなくなり、関係者から非常に喜ばれている。
この報告は、一つの大きなリカバリープログラムの初段階部に位置付けられるものである。
平成6年、富山県総合運動公園陸上競技場では、県立施設初の、オーバーシーディングがスタートした。リカバリープログラムとは、その失敗(不充分だったトランジッション)の経験で明かとなった各種の制約(気象条件、土壌条件、品種の適合要件、社会的諸条件など)をクリアしながら、5年後の平成12年、富山国体に、如何にベストなターフコンディションを提供できるかということがかかった重要なプログラムである。
現在(平成9年3月)は、第2段階、緩やかな草種転換の段階、と位置付けられる。今後も、これらの経過を、順次報告していきます。
記事の転載、ご意見・ご質問など