都市公園の芝生管理についての課題
公の施設としての公園の管理と、管理サイドから見た公園整備

平成12年10月


注)      これは、財団法人富山県民福祉公園の芝生担当の上原が、
日本芝草学会2000年秋季福井大会のシンポジウムに提供した原稿を、
HP用に一部、訂正・加筆したものです
    
 

記事の転載、ご意見・ご質問など

はじめに

 富山県では、県と市町村が設置する都市公園における芝生の総面積は、おそらく一つのゴルフ場にも匹敵するほどであろうと推察しています。ゴルフ場は、多くの場合が民間企業です。公園・緑地などは、多くの場合が公共施設です。公共施設の多くは、いわゆる「役所」が管理を行なっています。
 ここでは、公園・緑地の芝生管理について、“ゴルフ場と都市公園”“民間企業と役所”という比較を通して、予算を含めた行政サイドのシステムについて説明します。

都市公園の芝生管理についての課題

1.技術の蓄積

 ゴルフ場には専属のグリーンキーパーがいます。基本的に2〜3年での人事異動が原則の役所には、これに該当するポジションはありません。この差は歴然としています。富山県の職員にも、もちろんそのような立場の職員はいません。
 

 ゴルフ場では、ベテランのグリーンキーパーが、社員を教育しながら会社独自の管理技術を磨き、引き継いでいくシステムが自ずとできあがっています。役所等の行政サイドでは、管理の仕事を、歩掛りや仕様書といった形のもので進めています。しかし、現場で発生する各種のトラブル処理などの、データの蓄積並びにその活用については弱い面があると認めざるを得ません。この「技術の蓄積」が、ゴルフ場と都市公園の管理の大きな違いと言っても過言ではないでしょう。

 ですから、都市公園を適正に管理していくには、ゴルフ場でグリーンキーパー達が築き上げているシステマティックな技術蓄積を、行政サイドも、何とか実効あるシステムとして構築していくことが必要となるわけです。

2.管理技術の標準化

 私はここ数年、この課題「技術の蓄積」を構築するための基礎作業に取り組んできました。それは、マニュアルの作成です。10年間以上、同じ仕事に携わってきたため、私自身には、お陰様でそれなりに技術が蓄積されてきたのではないかと考えています。この作業は、その技術を可能な限り広く放出する作業とも言えます。

 マニュアルのタイトルは「よくわかる芝生管理」としました。そのポイントは次の2点です。

  @ 生き物としての植物の生理を基本から理解できる
  A 都市公園の管理についての必要条件だけを抜書きする


 学会の諸先輩方がお書きになった専門書が数多くあります。私は、最近になってようやく理解が進み、その幾つかを読み進めることができるようになってきました。しかし、最初の頃は、内容が難しくて、ほとんど理解不能といったストレスを味わいました。

 役所は、基本的に2〜3年での人事異動が原則です。橋梁や港湾などを専門としていた一般土木の分野の者が、都市公園の管理に携わります。多くの者が、かつて私が味わったのと同じストレスを感じることでしょう。このストレスは、決して書籍やその著者の方々のせいではありません。あくまでも読み手側の理解力の問題です。

 私が目指したのは、彼らが専門書を読み進めるための「お膳立て」のようなものです。

 本学会で出版している『新訂 芝生と緑化』という専門書があります。今になって思うと、市民の税金で都市公園を管理する者としては、この専門書の内容は、少なくとも半分くらいは理解できなければならない、という実感があります。しかし、橋梁や港湾、道路などを専門としていた一般土木の者には、最初はやはり無理でしょう。素人にとって、専門書の鬼門は概ね、次のようなイメージです。

@ 植物に対する基礎的な知識がなく、用語が理解できない
A 全般的な事項が網羅されてはいるが、自分が求める事項が見つけにくい


 私は、これを補ってやらないことには、専門書は読みこなせないと痛感しました。まず、「お膳立て」的な入門書が必要だったのです。最近のパソコン雑誌には、「○○でも分かる」といったような、かなり過激なタイトルのものが見うけられます。私も、実は、その程度のレベルから始めようと思いました。

3.ホームページによる技術公開

 私は、「公園の芝生について」というタイトルのホームページを作りました。前述の富山県陸上競技場でのオーバーシーディング、ならびにその発展型の常緑芝管理のレポートが掲載されています。さきほどのマニュアル、
「よくわかる芝生管理」も、このHPに含まれています。









4.効率的な維持管理の必要性
(1)行政サイドの予算について

 ここで少し、役所の予算の話をしておきましょう。当然、民間企業にも予算の考え方はあります。社内の部局毎に「今年度の予算は○○」と割り当てがあります。年度末になったら「赤字だった」では困りますから、執行計画と残額などをしっかりとチェックしているのです。行政サイドで言う予算も、意味はほとんど同じです。しかし、行政サイドの予算が民間企業の予算と違う点は、少々、融通が利きにくいということです。

 行政サイドの予算は、全てが硬直化しているわけではありません。「昨年度は、○○橋梁を整備した」「今年は、△△港湾を整備しよう」などと、毎年、違った事業に価格の異なった予算が割り当てられます、決して、このこと自体は硬直化しているとばかりは言えません。ただ、都市公園の維持管理費であるとか、○○公会堂の年間運営経費などのような分野、つまり公共施設の管理の部門は、毎年の価格規模に大きな変動が見られないのが実情のようです。


(2)予算や執行機関の分類
 都市公園を管理している役所の部局を見てみましょう。一部の運動公園等では、教育委員会系の部局が管理しているところも見られます。しかし、たいていは、都市計画課であるとか公園緑地課といった名称の、土木部系の部局が多いようです。

 その土木部系の中での、橋梁や港湾等の部門を「一般土木」と言います。対して、都市公園の維持管理などは、「管理業務」と言われるのが一般的です。この一般土木と管理業務の予算については、その性質上、明らかな差異が見られます。予算がほぼ数量(施工規模)とリンクしている一般土木の分野に比較して、都市公園などの管理業務では、予算と数量(施工規模)の関連性が薄い、ということが挙げられるのです。一般土木は、普通は工事請負として発注されます。対して管理業務は、業務委託として発注されます。一般土木は、建設工事により、「作る」のです。管理業務は、文字どおり、それを「管理する」のです。


(3)一般土木と都市公園の管理の違い
 例えば、1.0kmの道路整備計画の予算を10億円、要求したとしましょう。財政当局から、予算が8億円と査定されれば、ほとんどの場合は0.8kmの施工となります。査定が8割なら施工も8割です。
 次に、都市公園などの管理業務の場合です。100haの公園管理予算を1億円、要求しました。査定が8000万円だったとしましょう。ほとんどの場合は当初の100haを8000万円で管理しなければならない事態が生じます。査定が8割でも施工は10割のままです。この差は大きいのです。公園の中で、差額の2000万円分の区域について「そこは予算がないから管理しなくてもよろしい」というようなことは、普通は考えられません。工事して「作る」一般土木は比較的、華やかな「主役」です。「管理する」方は、そういう意味では、「脇役」なのです。

(4)「予算」と「執行」の逆ざや
 昭和30年代から始まった、いわゆる高度経済成長の頃から、バブル崩壊の頃までを考えてみましょう。その頃から、「管理する」は「作る」の脇役ではありました。「作る」に勢いがあった頃は、「管理する」ための予算も、それなりについてきていました。ところが、バブル崩壊以降は事情が違ってきました。都市公園などを「作る」ことは、スピードがある程度、鈍化はしましたが、それなりに伸びてきました。しかし、「管理する」予算は、ほどなく頭打ちの傾向が強まりました。

 ここで、都市公園の管理予算は、さらに別の要因で窮地に追い込まれることになります。それは、インカムとアウトプットの関係です。インカムは「予算」です。これは、価格規模が頭打ちの状況です。アウトプットは、管理業務を発注する際の計算根拠となる「土木労務・資材単価」等です。これは、決して頭打ちではありませんでした。労務賃金等はしばらくは伸びつづけましたから。つまり、役所の中で都市公園を管理している部局の台所は大変だったのです。

@公園の規模は徐々に膨らむのに、予算規模は変わらない、もしくは減らされる
A予算は変わらない、もしくは減らされるのに、発注する業務の価格は上昇する
 というわけで、ここ10年間くらいの都市公園の維持管理の予算は、全国的にみても「非常に苦しい時代だった」と言えるのではないかと、私は感じています。

 民間企業であるゴルフ場でも、上記の「予算と執行の逆ざや」の問題は、似たり寄ったりの状況が推測されます。しかし、最初に述べた「技術の蓄積」の問題があるため、ゴルフ場と都市公園、つまり民間企業と役所では、その効率に、かなり大きな差があるのではないかと思われます。


(5)求められる効率的な管理
 このような行政サイドの状況からは、次のようなストーリーが浮かんできます。
@ 都市公園の管理予算は頭打ち、もしくは漸減傾向にある
A 発注に向けた積算価格は、市場価格から漸増傾向にある
しかし、この逆ざやを、直接的に管理レベルの低下に向けることはできません。そのため、
B 業務を見直し、合理的かつ効率的な業務を発注する必要がある
C 最低限、実施しなければならない作業の「量」と「質」を見極める必要がある
D 予算の範囲で、それらを合理的にアレンジすることが必要となる
 このように、文字で書いたり口で言うのは簡単です。しかし、基本的には2〜3年での人事異動が原則の役所では、これは、相当に難題と言えます。こうなると、この難題を課せられた行政サイドには、少しでも効率的な業務を行なうためのマニュアルが必要、ということが必然的に炙り出されてきます。ですから、結局、分かりやすいマニュアルの作成が、行政サイドが都市公園を適正に管理していくための最大課題であり、第一歩というように、私は考えるようになりました。


おわりに

 現在、行政サイドが行う、いわゆる公共事業では、
@ 財政が逼迫し、五箇年計画のような漸増的な整備が困難となってきた
A 社会資本整備の水準が、ある程度のレベルに達してきた
B それにつれて、「何を作るか」に加えて、「どのように使うか」といったことに対する社会的関心が強まってきた
といった状況の中、
● 阪神・淡路大地震において高速道路の橋脚が一気に倒壊したこと
● トンネルや橋梁で、コンクリートの剥離・落下事故が頻発したこと
等がきっかけとなり、
@ 土木構造物の維持管理にもっと目を向けるべきではなかったか
A 施設完成後の運営のなされ方こそが問われるべきで、
  それが、社会資本が国民にその利益を提供する真の姿ではないか
という2点の反省が明らかになってきました。これまでのように、建設・整備を中心に向けられたエネルギーを、もっと施設の運営や維持管理に向けなければならない、との考え方が次第に大きくなってきました。

 長引く景気の低迷により、全国各地の都市公園を管理する自治体の財政状況は厳しさを増しています。新規に橋梁を架けたりする華のある建設事業予算に比較して、都市公園等を維持管理するための予算は、十分には確保されにくい状況が見られます。このため、都市公園という公共施設の芝生維持管理にも、ゴルフ場などと同様に効率的で、しかも技術集約的な維持管理システムの構築が求められているのです。

 少子・高齢化社会が到来し、これまで整備されてきた社会資本ストックを有効に利用することで市民に利益を提供しなければならない時代となってきました。特に、次第に緑が失われつつある都市に点在する都市公園は、市民の憩いの場であり、みどり豊かな潤いある生活の拠点です。今後は、その維持管理費についても、従来の脇役ではなく、これを、表舞台の主役として登場させなければならない時代がきたと、私は痛感しています。